2015年6月18日木曜日

ポルトガル・スペイン自転車ぶらり旅 第二十三日

 今日は快晴で、雨の心配はなさそう。

 街中を適当に自転車を走らせて見て回る。スペイン広場は立派なのだが、ここから空港行きのバスが、十二、三分おきに出ているらしいが、市内各所からここまでどうやってくるのかがよくわからない。自分の場合、スペイン広場に出る時間で空港にタクシーで着いてしまう、のでいくら運賃が安いといっても合理的とはいえないような気がする。
スペイン広場に巨大な門柱が立っている

後ろはアリーナ
 そしてモンジュイックの丘に登る。久しぶりの坂であるが、この程度の坂では苦にならない。今回わかったのは、モンジュイックの丘にあるオリンピック競技場は一番高い所にあるのでなく、中くらいのところであったことだ。有森や谷口がモンジュイックの最後の丘を必死に登ってゴールしたのは、それほどの坂ではないことがわかった。
 カラトラバの作品はメイン会場の競技場でなく、その隣接の施設のようである。あとシンボルタワー。これらについてはカメラを忘れたため、写真がなくてすみません。

 モンジュイックの丘を下ってカタローニャ地区に戻る。ここにあるホテルに二日間泊まったので、多少馴染みが出来たのだが、丁度昼時であったので、人出はすごかった。しかし皆買い物をしているわけではない。かといって、食事しているわけでもない。これは推測であるが、ここの勤め人は、12時でいったん昼休みに入り家に帰って食事をして、昼寝をするかどうかはともかく、夕方まで休む。そして夜七時か八時ぐらいまで再び仕事をして、家に帰って夕食を家族で食べる、という生活パターンではないのか。

 今夜のホテルがサグラダファミリア教会から5分程度の所にあるので、ホテルにチェックインして一休みし、もう一度サグラダファミリア教会に出かけた。相変わらず人は多いが、昨日ほどではない。やはり7時近くなると人も減るのかもしれない。たいして並ぶこともなく切符を買い、割合すんなりと中に入ることができた。中はかなりの広さである。高さも天井高が40メートルくらいありそうだからかなりの空間ボリュームがある。祭壇は意外なほどシンプルで好感が持てる。ステンドグラスがオレンジを基調とした側とブルーを基調とした側に分かれ、中央にもステンドグラスがあるが、外の日射しが強烈なのでステンドグラスは映える。柱はガウディ独特の気が枝分かれしたような形なので、上を見ると樹木のようでもある。
正面向かって左側のステンドグラス
正面向かって右側のステンドグラス

至ってシンプルな正面祭壇
  これで今回のぶらり旅の報告は終わらせていただきます。長い間ご購読いただき感謝です。おかげさまで大変励みになりました。

2015年6月17日水曜日

ポルトガル・スペイン自転車ぶらり旅 第二十二日


 バルセロナ二日目。昨日は半日空気ポンプのトラブルでつぶれたため、旧市内をチャリで回っただけでした。今日はどうしようと思って、この街に対してたいした問題意識をもっていないことがわかった。やっぱりサグラダファミリアでしょ。ということで行って見ました。二十四年ぶり(1992年のバルセロナオリンピックの前年なので1991年)ですが、完成度が非常に高くなっていることがよくわかりました。世界一人気がある工事現場は、あと十年以内ぐらいで完成するといわれているが、これが本当のことです。前回来たときには、塔が4本くらい完成していて、地上百メートル近くまで上って高さも実感しましたが、完成まではあと百年は間違いなくかかる。むしろいつ完成するのかがわからないというミステリアス性にゾクゾクしたのですが、これは下手すると生きているうちに竣工式が見られるかもしれない、と思うと普通の建物という感じがしてくるのだ。そして驚くのはこの工事現場に押し寄せる人の数。回りの歩道上は観光客であふれかえっている。渋谷のスクランブル交差点は観光客だけで埋まることはないが、ここは地元の人は近寄らないだろうから、莫大な見学料が集まり、これに寄付を足すと十分工事費としてまかなえるのではないだろうか。ガウディも工事現場の見学料で工事費がまかなえるとは思わなかったろう。(筆者の推測)
周辺の歩道には平日なのに人が溢れるようにいる


歩道上で正面の写真を撮ったりしている人々

クレーンで材料を揚重している
 それと同時に、この観光客の数は、完成後はもっと増えるのであろうか、それとも完成してしまえば厳かな場所として今ほどは客は来ないということはないのか。デベロッパー的な発想でいえば、工事費が工事現場の見学料でまかなえれば、借入金などは不要でこんなに美味しい事業はないということになる。ガウディのような建築家がこれからも出現するのだろうか。
 しかし工事現場として見た時には、ここは世界最悪の現場ではなかろうか。何しろ世界中から一年365日毎日数千人がやってくるのである。施工中にたとえば通行人に上から工具を落としてあたったとしたら、世界的なニュースになってしまう。しかも作業エリアや材料などの置き場も限られている。ここの所長や工事主任はノイローゼになってしまうのではないか。しかも全てが一点ものの製作であるから、取り付けが出来ないなどの問題が起きたら作業は数ヶ月の手戻りになる。誰もがこんなところで働くのはゴメンだいいたくなる現場なのである。

 現場で感じたことは、この建物が意外なほどボリュームがあり、ほとんど敷地一杯に建物が建っている感じである。もっと敷地が広い方がよかったのではないかと思った。引きの目で建物を見る場所が限られるからである。ちょっと建ぺい率が高すぎではないか。見所はたくさんあり、一周するとストーリーが完成するような多彩な壁面であるから、それをゆったりと味わう空間が周囲に取れるとよかったのではないかと思った。これだけの作品が堪能できるのは歩道上だけということになる。正面の公園は高い木が多すぎて見えない。木はなくさないといけない。

 次に訪れたのはサン・パウ病院で、前回は来ていないと思う。ガウディよりも当時は売れていた建築家ドメネクの作品という。これは世界遺産に指定されて、病院としては使われていないようだが、48棟もの建物が集合しており、これを設計したドメネクもたいした奴である。昨日見たカタローニャ音楽堂もドメネクで世界遺産になっている。
病院でもあり派手さはないがレンガ建物の傑作であろう
三番目に訪れたのはピカソ美術館で、ここは前回バルセロナに来たとき、若き日のピカソの作品群を見て、彼の自画像などゴヤのそれに匹敵するようなタッチで描かれた見事な具象画であるし、印象派の画家が思わず下を向きたくなるような風景画もある。今回は収集作品が増えていて、キュビズムに走った頃の作品も多数あった。実に充実した美術館になっていたが、ここも切符を買うまで1時間弱並ぶことを強いられる。
並べば入れるのはまだいい

2015年6月16日火曜日

ポルトガル・スペイン自転車ぶらり旅 第二十一日

 前日の晩とはうって変わり、静穏な環境で睡眠を出来たのだが、朝六時半の目覚ましで目を覚ましたときには、寝足りなさを感じた。体はもっと睡眠を求めているのかもしれない。

 それはさておき、朝の電車で最終目的地バルセロナに入ることを決めているので、切符売り場へ直行。メモに記してあった8時52分発の各駅停車を女性駅員に指さすと、これは時間が変わったとボールペンで2を0に書き改める。13ユーロ余できっぶを買ったが、駅の行き先表示板には見たことのないL’hospitariat LL  なんとかと長い駅名が書いてある。これが行き先のようで、スペイン国鉄のHPの駅名にもこの名では出て来ない怪しい名前。仕方なくグーグル地図でこの名前を入力すると、バルセロナの南東側の街の名として出ている。この電車はマンレサ経由とあるから北の方から回り込んでくるのではないかと推測する。この電車で直接バルセロナ・サンツ駅に行けると彼女は云う。わたしは切符を売る女性はあまり信用しないようにしているのだが、調べた結果を合わせるとこれで行けるだろうと確信する。20分位前に掲示板の表示通りの5番線に赤地にCを白抜きした近郊線の車輌が入ってくる。なるほどこれは近郊線の扱いなのか。それにしてもバルセロナまで3時間以上かかるの近郊線というのも抵抗があるが、まあよかろう。近郊線には自転車の指定席がないので、折りたたみイスを閉じたまま3席くらいにくくりつける。
車窓風景はまた違う。麦畑が多い
 あとは電車の停車駅に注意を払っていなければならない。この電車はバルセロナ・サンツも途中駅だからだ。バルセロナ市内に入るとほとんど地下ばかりでどの辺りかなど全く見当がつかない。そして車内の表示板に次の駅表示にバルセロナ・サンツが出て、1分程度で到着。スムーズに降りられた。

  駅頭に出て振り返ると立派なバルセロナ・サンツの駅舎が建っている。全ての線路は地下にあるように思われるので、これを見ても駅舎とは思えない。時間は12時を20分くらい。取りあえずホテルに行って、チェックインをするかバックパックだけ預けて食事に行こうと、今日のホテルをめざしていると前輪のタイヤの空気圧が低いので、止まって携帯用ポンプで空気を入れてみるとちっとも入らない。むしろ抜けていく感じ。いよいよポンプの口ゴムがおかしくなっていると思って、取り出してみると二つに分割しているから空気を入れるために必要な密封が取れない状態なのだ。やむなくホテルまでの残りの距離を押していく。途中に自転車がないかきょろきょろしながらである。しかしそんな都合よく自転車屋はなく、通りがかりのロードに乗ったチクリストなら携帯用のポンプをもっているに違いないから、借りようと思うがこれも都合よくはいかない。平日の昼時、ロードは街中を走らない、車が多いからだ。マウンテンバイクのお兄ちゃんに聞いてみても携帯用ポンプなんてもっていない、とつれない。ホテルについて荷物を置いて、また自転車を押しながら街に出る。自転車屋もポンプをもってそうな人にも会えない。結局昼飯を食べた店で聞くと、すぐそこにありますよと言うことで行ってみたが、すでに午後の休憩に入っている。バルセロナの市内をあちこちチャリで行くというのもお預けで、ホテルにチェックインするが、自転車はうちじゃ預からんから、どこか外へ置いてこいと極めて冷酷。チャリユキが一夜野宿したらどうなるのかわからないが、本当に狭いホテルなのでやむをえないのかもしれない。こんな仕打ちを受けたのは初めてだ。イタリアではもっと狭いホテルがいくつもあったが、外に自転車置き場を確保してもらったりした。
これ駅には見えないよね


 ホテルで自転車屋が開く時間まで荷物の整理をしたりして過ごした。午後6時、まず自分なりに修復を試みた携帯ポンプを使ってみたが、すぐ元の木阿弥で空気は抜けるばかり。結局自転車屋までの約1.3キロ位を押していく。まずゴムの弁の換えがあるかを問うと、言下に、ない!で終わり。仕方なく携帯ポンプを買いたいといったらゼファールとどこかわからないがゼファールの半分以下の価格、安すぎるのは危険なのでゼファールを選択。あと、フロアポンプで空気を入れてもらった。自分が入れるのとはレベルが違う、ここまでいれなければと反省。峰打ちパンクは空気圧が低いためである。

 空気が入って、ちゃんと走れるようになったので、まずカタローニャ音楽堂へ。今夜でも明日の晩でも催しがあったら、切符を買いたいとおもったのだが、21日まで何もない。でも切符売り場に行列ができているのは、音楽堂の見学の切符を買うためらしい。一日何十回というガイドコースが組まれている。


カタルーニャ音楽堂 正面ファサード
 それからバルセロナの旧市内を中心にぶらりと走った。見たことがある建物があったので写真を撮った。おそらくカサバトリョというガウディの作品である。昔、年賀状のネタに使ったことがある。そしてこれはカサミラではないかと思ったが、やけに外壁が白い。どうもリフォームをしたらしい。なんか違和感が漂う。
カサ・バトリョ

やけに白いカサ・ミラ
 街並みも見て歩いたが、バルセロナらしさが感じられるものはなかった。自分はここに来る前に、バルセロナの街路舗装はなんといっても破砕タイルだよな。グエル公園のように道路面に細かく破砕したタイルをモルタルに埋め込んでいく。これぞバルセロナらしさが一番発揮できるところではないか。破砕したものかどうかわからないが、細かな大理石の石粒をモルタルに混ぜただけのものだが、これではあまりにさみしい。残念でありました。
上下の明るさが違うため下が影みたいになるのを打開したい
大理石を細かく砕いてアスファルトととませている
詳細に見ても美しくない。ここに破砕タイルを混ぜたらどうな感じになるか?



 

2015年6月15日月曜日

ポルトガル・スペイン自転車ぶらり旅 第二十日

 今日は リェイダの二日目。休養日とするつもりであったが、一晩中ホテルのエアコンのうなり音が耳について、ずっと寝れなかった。そして起きて空を見ると今までで一番鬱陶しい曇り空。因みにこちらの天気予報をネットで開いて見ると、なんと雷雨のマーク。今日は一日のんびりと市内を流すつもりであったが、雷が鳴るとなると、街中に出ることもできないということになる。この絶えず耳に聞こえる音にいらつきながら、ホテルにいるというのはストレスが溜まるばかりである。

 ホテルで朝食を取り、甘いパンを二つばかり昼用にもらって、外に出かける準備をする。雲は薄くなりつつある。いい傾向だ。午前十時頃、ホテルを出る。そのとき夕べは騒音が気になって眠れなかったとフロントの女性に訴えたら、変更してあげますよという快い返事。やれやれ助かったと街に走り出す。今日は一昨年のミラノでやった、都市の外周部を一回りするというのをやってみようと考えた。ミラノと比べたら比較にならないくらいの規模だから郊外に向かって進むと15分もすると市街地が終わり、途端に農地や荒無地が多くなるところが終端である。それ以上行っても何かあるとは思えないので少し戻って、別な方角で終端を探す。そんなことをしながら走っていたら、新幹線専用の路線があったので、10分くらい新幹線の通過を待ったが、犬に吠えられただけで新幹線の姿をみることはできなかった。

 昨日サラゴサからこちらへ来るとき、鉄道路線が単線だったので驚いた。だって、この路線はマドリードとバルセロナを結ぶ幹線ではないのか。しかし130キロ走って列車の通過待ちを一回しただけで、各駅停車は悠々と走り抜けた。本数が少なすぎないか。その疑問を解決するのがこの新幹線専用路線ではないかと思っている。しかし在来線にも新幹線車両が走っているのでその使い分けがわからない。


 リェイダの街で目新しいものに出会うことは出来なかった。ただ新興住宅地で戸建て建売をした地区の道路が、舗石を敷いて街並みを意識しているのに出会えたのが唯一の収穫であった。といって、この街がだめだということではなく、緑も多いし車も人もそんなに多くなく地方都市として住みやすい街に違いないと思った。それでも今日の走行距離は32キロ、今旅行中二度目のパンクをしました。峰打ちパンクなので空気圧が落ちていたと思われます。
リェイダの街並み、街灯のデザインがイマイチ

これが振興建売住宅地の街並み

川沿いの遊歩道だが立派なもの

2015年6月14日日曜日

ポルトガル・スペイン自転車ぶらり旅 第十九日


 今朝も起きがけ空を見る。曇り空である。もう最初の頃のように雲一つない青空は望めないのか。でも降らなければいい。今日も乗れそうな時間帯にある唯一のローカル列車でLleida(リェイダ)に向かう。一般道路を行くと141キロもあるので当然電車利用。自転車は専用室があって、上のフックに引っかけてぶら下げるタイプで、これが収容力もありベストの収納システムであるが、サラゴサからリェイダまでチャリユキが独り占め。車内も一両に数人の客しかいなので、とてもリラックスできる。窓の外の風景は途中に小さな町が3つ4つあるだけで、閑散とした風景は同じなのだが、土地利用の形態が大きく違う。昨日は地中海側から北上する形で走ってきたのであるが、今日はほぼ東に向かって一直線。窓の外は、人口灌水装置がついた畑が広がり、とうもろこしなどが密植されている。小麦も刈り取りを待つばかり。オリーブやオレンジなどはほとんど目につかない。また耕作されていない荒無地もほとんどない。農業生産の中心地帯のようである。人口灌水ということは雨が少ない証拠だが今日は雨が窓に細かな横線を引くこともあった。
ローカル列車、電車である
車輌の中は立派である

チャリユキが休息中
窓の外の風景はこんな具合
 最後農業地帯からトンネルに入ったかと思ったら、そのままスピードを落としてリェイダ駅に到着した。ここが終着駅である。約2時間半の所要時間であった。驚いたことに、今日と明日の二日間宿泊するホテルが駅の真ん前にあったことで、こんなに便利がいいところにホテルがあると、バルセロナに向かうときも雨が降っていても自転車をひいて1分かからない。
駅から撮った今日と明日のホテル
 リェイダの街に出て見たが、人口14万人でカタロニア州ではバルセロナに次ぐ規模の街というが、中心市街地はコンパクトな感じである。街並みも平均的なものである。看板などはカタロニア語の看板も目につく。普通に見てもわからないが、辞書を引いてみるとカタロニア語と書かれているのでわかる。アラブ系、アフリカ系の人たちが目立つ。教会らしきが、市街地に隣接した山の上にあるが、エレベーターやエスカレータで簡単に行ける。上にも登ると周辺がよく見渡せる。
車が通るのがちょっと違和感あり

まあまあの街並み

これが市街地に隣接した丘の上の教会


2015年6月13日土曜日

ポルトガル・スペイン自転車ぶらり旅 第十八日

 昨夜は雨が降ったのが午後九時頃なので、広場で飲食中の人も多かったのですが、一応雨と日よけを兼ねたキャンバス地の覆いがあるので、濡れないにもかかわらず、皆さん逃げ足早く、小生は食事中で最後の勘定を待っていたため、一番最後に避難しました。もっともホテルもこの広場に面しているため傘などなくても慌てる必要はないのです。

 そして一夜明け、空をのぞくと雲はちょっと多いようだけど、雨にはなりそうもない雰囲気。10時6分発の各駅停車でサラゴサまで行くため、早めにホテルをチェックアウトして駅に向かう。方向的には戻る感じになるが、このままタラゴナから電車に乗ると一時間でバルセロナに着いてしまう。かといって、タラゴナの後に行くべき都市も見つからない。そこでスペイン国鉄のHPで調べてみると、一日二本くらいタラゴナからサラゴサまで行く各駅停車がある。もう一本は夜遅いので結局使えるのはこの一本という電車への乗車をめざす。サラゴサ駅はバルセロナとバレンシアなどを結ぶ要衝なので、結構頻繁に新幹線クラスから各駅停車までが停車して多くの客が乗り降りする活気のある駅である。サラゴサ行き(実はこの列車の最終目的地はマドリード)の各駅停車にも結構多くのひとが乗り、座席は半分くらい埋まっている。自転車は最前列の車輌に置き場があるが、チャリユキもいれて三台が並んだ。他の二台はオルベアのマウンテンバイクをランドナーにしたおじさんとママチャリに毛が生えたのに振り分けバッグとシュラフマットを乗せた若者(二人ともスペイン人)であった。三人ともサラゴサまで来た。


 電車は集落も殆どないような辺鄙なところを走るのだが、途中のFelixという駅の手前に、今日も原子力発電所を発見。後で調べたところアスコー原子力発電所で、加圧水型原子炉を二基もつ発電所である。電車は川を遡るような形で進んで行くが、この川には水力発電所もあり、山の上には風力発電所、さらに木材固形燃料ではないかと思われる発電所もあって、エネルギー産業がてんこ盛りの川であった。途中コウノトリが教会の尖塔や高い鉄塔の上などに巣を作り子供を育てながら優雅に生活している。写真は無し。
アスコー原子力発電所と思われる

川の奥に水力発電所らしきがある

ダムの人工湖
 サラゴサはカタロニア州でなくアラゴン州になるが、ゴアの生誕地に近い都市であるため、ゴヤ美術館などもあり、人口68万人の大都市の割にこじんまりとした中心市街地があり街並みなども整備されている、全体的に見て質感が高くしかも落ち着いた雰囲気があって、今まで見た都市の中でも一番街づくりの骨格がしっかりしているという印象を持った。
暗く感じるが、実際にはそれほどでない

タイルの明るさ肌合いもいい。建物も上等

いつ頃のものかわからないが橋脚の頑丈さがすごい

2015年6月12日金曜日

ポルトガル・スペイン自転車ぶらり旅 第十七日

 ビナロスのホテルで朝起きてカーテンを開けて、外を見てみると曇っている。ついに今日こそ雨になるか、と思いきや、雲は多いが陽を陰るほどではない。ということで、ビナロスの駅に向かう。乗れる列車は午前10時26分と午後4時56分の二本だけ。あとは自転車を畳まねばならない上級列車でしかも値段も高い。従って選択肢は10時26分の中距離列車(MD)にしぼられる。
 切符を買うと、駅員が二つ目で乗り換えだからねとマーカーで印を付けてくれた。これでタラゴナまで約110キロの移動が確定した。

 駅で時間つぶしをしていると、線路のバラストに目がいった。スペインでもいろいろな駅で線路を見て来たが、こんなカラフルなバラストを見たのは初めてである。もう少し細かく砕いてセメントと一緒に舗装をするときれいな道ができそうだ。
よく見るといろんな色の石が混じってます


 スペインでは新幹線も在来線を走っているが、この駅を通過したのを見ると時速200キロ位で駆け抜けていく。踏切の整理は出来ているのだろうか。まさか遮断機で閉鎖した線路を200キロで走るということはなかろう、などと考えていたら、新幹線が走っていった方向とは逆の方向から同じ線路(下の写真では右側の線路)を貨物列車が通過していく。ビナロスのあたりは複線区間だからそんなことあり得ないと思うのだがあったのだ。上り線と下り線を混合して使うなんて複線区間ではないと思うが、どういうことなのか。


右側の線路を新幹線が向こうへ行き、貨物列車がこちら側に来た
 タラゴナの手前で、車窓から線路とは100メートルも離れていないところに原子力発電所の建て屋のようなものが見えた。こんな線路から近いところで、しかも回りにいろいろな施設が建っているところに原発なんてあるわけないだろ、とは思ったが、写真は撮った。調べてみると、バンデリョス原子力発電所で、1号機は廃炉、3号機は計画だけで実現しなかったが、2号機は稼働中のようだ。思いがけないことが起こる日だ
機関車の横に見えるのが原子炉


 タラゴナは人口14万人と中くらいの都市であるが、過去からの推移を見てみると右肩上がりに人口が増加しているのである。観光だけでなく港湾物流や石油産業などいろいろありそうで発展しているようである。観光的にいうとローマ時代の遺跡群が世界遺産に指定されており、ここで日本人旅行者が何組もカメラをぶら下げて徘徊していました。
 街並みについていうと、中心市街地の大聖堂の回りが多様な舗石が敷かれ、落ち着いた雰囲気をつくり出している。レベルはまずまず高いと云えよう。
道も建物もまあまあ

こちらの方がもっといい

この大聖堂は十字架がないが造形的にはかなりいい
 ホテルの国旗掲揚台にあがっているのが、右からタラゴナ市の旗(推定)、スペイン国旗、カタロニアの旗、EUの旗であるが、スペイン国旗の真ん中が空白なのがすごみを感じる。
空白のスペイン国旗が意味するのは?